第9回 京都の草分け的な老舗洋食店「キャピタル東洋亭本店」

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■京都の草分け的な老舗洋食店「キャピタル東洋亭本店」

 京都一オシャレでハイセンスな通りといえば北山通ということになるが、地下鉄烏丸線の北山駅すぐ近くの北山通北側に面して、大小二つのオレンジ色のマンサード屋根が南欧風の雰囲気を醸し出している建物がある。それは明治30年(1897年)創業で、京都の町衆に洋食を広めた草分け的な老舗料理店の「キャピタル東洋亭本店」で、その洒落た外観は北山通のランドマーク的存在になっている。
 肉料理、魚料理、パスタをはじめとするメニューは豊富だが、ゼッタイのおすすめはズバリ、ハンバーグステーキである。まずは前菜として、ヒンヤリと冷えた熊本県八代産の小ぶりのトマトが丸ごと1個出てくる。白いドレッシングのかかったこのトマトが実に美味い。食べた瞬間、ヒンヤリ感と甘みと酸っぱさとみずみずしさとが混然と一体になって口の中に広がる。このトマトの素晴らしい前奏が、その後に来る主要部への期待をいやがうえにも高めてくれる。
 そして、アツアツの鉄板に乗って丸くパンパンにふくらんだアルミホイルが運ばれてくる。かたわらには、割れ目にバターを塗った大ぶりのふかしたジャガイモが添えられている。先走って言ってしまえば、これがまた美味い。フォークでアルミホイルを軽くおさえながら、ナイフでパンパンの先端を突き刺して左右に開ける。中からビーフシチューソースがたっぷりとかかったハンバーグステーキが湯気を立てて現れる。ハンバーグとのこのご対面の儀式が、「東洋亭」に来たことを実感させてくれる。
 浜の真砂(まさご)が尽きぬように、世にハンバーグが星の数ほどあることはむろん承知だが、個人的には断乎、「キャピタル東洋亭本店」である。前菜の冷たいトマト、アツアツのハンバーグステーキ、そしてこれまたアツアツのふかしたジャガイモ、この組み合わせはここにしかない。「東洋亭」に来て、ハンバーグステーキを食べる。京都に来た歓びを実感する瞬間である。
 この店から少しに西へ行くと賀茂川に架かる北山大橋に出る。この橋から南の北大路橋までのおよそ800メートルにわたる賀茂川東岸のこのあたりを、「半木(なからぎ)の道」ふつう枝垂桜は一本桜が多いのだが、この半木の道は実に珍しい枝垂桜の並木道で、淡紅色の花簾(はなすだれ)の延々たる連なりは限りなく幻想的な風景である。

※9回にわたりお届けしてきました当連載ですが、今回でいったん連載をお休みさせていただきます。
ご愛読いただきありがとうございました。

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キャピタル東洋亭本店

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半木の道

著者プロフィール

井上明久(いのうえ・あきひさ)

1945年、東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業。河出書房新社入社、後に中央公論社入社。1991年から6年間「マリ・クレール」編集長を務める。 1997年、同社退社後、執筆活動に入る。著書に、長編小説『佐保神の別れ』、『惜春』、『我ら聖なる天使の群れ』、『夏、ぼくらの巨人』。随筆『東京の 子規──歩く人・正岡子規』等がある。

著書

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第8回 近代建築の名作がズラリと並ぶ三条通

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■近代建築の名作がズラリと並ぶ三条通

 かつて東海道の終起点だった三条大橋のある三条通は、経済的にも文化的にも京都でもっとも重要な通りとしての歴史を持ち、近代以降は新しい時代を反映した洋風建築が数多く建てられた。三条通を今歩くことで、明治から昭和初期の建築が持つ若々しい息吹きに触れることができる。
 三条河原町の交差点を西に入るとアーケードのある三条名店街があり、それを抜けた先から近代建築の宝庫としての三条通が始まる。

 御幸町通の東南角に建つのが「1928ビル(旧毎日新聞社京都支局ビル)」。昭和3年(1928年)竣工、武田五一設計。明るい黄土色のアールデコ調で、星形の窓とバルコニーが印象的。武田はこの前年に「京都市役所」を手がけ、関西建築界の父と呼ばれる。

 次の麩屋町通を越えた左手、ひときわ目を引くのが赤レンガの洋館「旧家邊徳時計店」。明治23年(1890年)竣工。京都の近代建築の商店ではもっとも古いと言われ、前面の三連アーチのデザインがことに美しい。

 次の富小路通の西北角には「SACRAビル(旧不動貯金銀行京都支店)」。大正5年(1916年)竣工。白い建築と緑色の屋根のコントラストが鮮やか。
 次の柳馬場通の西北角に、大正3年(1914年)竣工の「日本生命京都三条ビル(旧日本生命京都支店)」の建物。そして洋館が建ち並ぶ三条通にあって、それらとは対照的な異色さを放っているのが、次の堺町通の東北角に建つ重厚な町家造の「分銅屋 足袋」。明治維新まであと4年の幕末、元治元年(1864年)に創業した足袋の専門店で、京都の商家の歴史と伝統を象徴する堂々たる構えである。
 次の高倉通の西北角に厳然とそびえ建つのは、赤レンガに白いラインが荘重かつ華麗な美しさを見せる「京都文化博物館別館(旧日本銀行京都支店)」。明治39年(1906年)竣工、辰野金吾とその弟子・長野宇平治設計。「東京駅」をはじめ日本の近代建築史に偉大な足跡を残す辰野の傑作の一つ。吹き抜けの高い天井のホールには、銀行時代の窓口がそのまま残っていて往時を偲ばせる。
 そのすぐ西隣り、次の東洞院通の東北角に「中京郵便局(旧京都郵便局)」。明治35年(1902年)竣工、吉井茂則設計。昭和53年(1978年)の改築時、赤レンガの外壁を残すファサード保存法を採用して今の形になる。

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1928ビル(旧毎日新聞社京都支局ビル)

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旧家邊徳時計店

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SACRAビル(旧不動貯金銀行京都支店)

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分銅屋 足袋

著者プロフィール

井上明久(いのうえ・あきひさ)

1945年、東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業。河出書房新社入社、後に中央公論社入社。1991年から6年間「マリ・クレール」編集長を務める。 1997年、同社退社後、執筆活動に入る。著書に、長編小説『佐保神の別れ』、『惜春』、『我ら聖なる天使の群れ』、『夏、ぼくらの巨人』。随筆『東京の 子規──歩く人・正岡子規』等がある。

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第7回 個性的な喫茶店と古書店の組合せ             「カフェ ビブリオティック ハロー」「レティシア書房」

■個性的な喫茶店と古書店の組合せ
「カフェ ビブリオティック ハロー」「レティシア書房」

 京都は古い歴史を持つ街にふさわしく、個性的な喫茶店と個性的な古書店の宝庫である。そして喫茶店と古書店というのは、しばしば好一対の組合せとなる存在である。つまりは、珈琲と古本とはよく似合うということだ。
 二条通と柳馬場通の交差点を東へ少し行った左側に、外観も店内も実に個性的な喫茶店がある。その名は「Café Bibliotic Hello!(カフェ ビブリオティック ハロー)」である。店の前には大きく高いバナナの木がドーンと生えていて、まるで南国そのものの雰囲気を漂わせている。
 店内に入ると左側の壁面いっぱいに天井までの本棚が設えられていて、そこを本や雑誌がビッシリと埋めつくしている。インテリア開運や絵本などをはじめ、ザッと見、1000冊ぐらいはあるだろうか。それらを取り出して眺めたり、自分の持っている本を読んだり、この店の椅子にすわったらついつい読書をしたくなってしまう、そんな心地良いカフェ空間がここには広がっている。

 もしその時、たまたま読む本を持っていなかったり、ついさっき読み終えてしまったりということがあったら、カフェを出て二条通を西へ、柳馬場通、堺町通と二本越して、三本目の高倉通を左に曲がるとすぐの左手に、おすすめしたい古書店がある。
 その店の名は、何と、「レティシア書房」。今、書店名の前に、何と、という感動詞を置いた。感嘆詞と言い直してもいい。とにもかくにも書店の名が、レティシア、なのだ。よくぞ付けたり、とこれは感動していいだろう。感嘆していいだろう。
 ロベール・アンリコ監督、アラン・ドロン、リノ・バンチュラ、ジョアンナ・シムカス主演の1967年フランス映画『冒険者たち』。ドロンとバンチュラの双方から愛を傾けられるシムカス演じるヒロインの名が、そう、レティシア、なのだ。フランソワ・ド・ルーベの美しい旋律とともに、強く強く忘れ難い印象を残す永遠の一作である。
 店名もレティシアとしただけで、店主の美意識の高さは確かである。従って、本や雑誌のセレクトは申し分ない。日本全国のリトルプレスを豊富に取り揃えているのも特徴の一つである。また、当然ながら映画関連の書籍も充実している。京都の個性的な古書店として、「レティシア書房」は文句なくその一軒である。

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Café Bibliotic Hello!(カフェ ビブリオティック ハロー)

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レティシア書房

著者プロフィール

井上明久(いのうえ・あきひさ)

1945年、東京都出身。慶應義塾大学経済学部卒業。河出書房新社入社、後に中央公論社入社。1991年から6年間「マリ・クレール」編集長を務める。 1997年、同社退社後、執筆活動に入る。著書に、長編小説『佐保神の別れ』、『惜春』、『我ら聖なる天使の群れ』、『夏、ぼくらの巨人』。随筆『東京の 子規──歩く人・正岡子規』等がある。

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