すべてのカードは配られた。いよいよ切り札を!●まえがき
週末がきて競馬新聞が手に入ると、仕事場に戻って最初にするのは傍らの競馬番組表と出馬表の突き合わせである。もうどれほどの期間、その作業を繰り返してきたのか覚えていないけれど、たぶん20年か、それ以上の間、続けてきている。
番組表ファンなら誰もが似たような段取りで競馬に臨むのだろうが、私にとってもこの「突き合わせ」は出目の流れを読む、戦歴上の傾向を特定するといった馬券戦術上、欠くことのでいない下準備なのだ。だからそうした作業の済んでいない競馬には全く手を出すことができなくなってしまった。
競馬新聞を広げる。例えばそれが平成15年2月1日、2回中山初日だったとしよう。突き合わせとはまず、その競馬日の第1レースから最終12レースまでの「施行順」を番組表の設計と比較することからはじまる。
すると6レースが3歳500万下・マル特・ダート1800mになっているのに気づく。番組表の設計ではそこで行われる予定のレースはマル指・マル混芝2000mの新馬戦だった。その新馬戦が7レースに移り、本来の7レース・500万下の平馬戦が6レースへと繰り上がっているのだ。残る競走はすべて番組表が定めてたとおりの施行順を守っている。したがってその段階で私はゴマンと行われる新馬戦のなかで、設計6レース・施行7レースのマル指・マル混芝2000mという競走を意識することになり、同時に7レースから6レースへと繰り上げられて実施される3歳500万ダート1800mの特指戦が行われることを知るのだ。
10年前にお前の本を読んで、こりゃあ一丁、俺も番組表とやらをやってみようと思い立った。以来、3レースと4レースは同じ新馬戦でも違うし、ナントカ「賞」とナニナニ「特別」も別物、もちろんマル指とマル特も、普通の競馬日とマル祝と記された祝日競馬も、各々をセパレートして考えろというお前の話にのって、この10年、山のようなデータだけはできあがった。けれどそこからはついぞ馬券の決め手になるような段取りは見つからなかったと、ある日、悲鳴のような手紙が膨大なコピーと一緒に届く。
その資料を手にとって研究者A氏の格闘の跡をみる。するとすぐにA氏のデータと私のデータの作り方の相違に気が付くのだ。例えば前出・2回中山初日の2000m新馬戦が彼の資料では初日7レースとして処理されてしまう。しかし競馬に関するすべてのデータは、それが賞金であれ出目であれ、タイムに関するものであれ、競馬番組表本来の設計に対してどういう状態で生まれたものかという前提で作らねばならない。6レースに設計されながら7レースに移設された競馬は決して最初から7レースに組まれていた競馬には同化しないし、もちろん、本来の6レースでそのまま行われた競争とも明確に一線を画している。
私はまずすべてのレースの施行順を確認する。3歳限定戦も古馬戦も距離によって、あるいは使用コースによってフルゲート数は細分化されているから、各レースのフルゲート数と実際の出走馬数をチェック。そして牡馬と牝馬の出走数を記入。特指戦や指定競馬であればいわゆる地馬(地方所属馬)の有無を、マル国の冠の付されたレースであればもちろん、外馬の有無や出走数の確認し記入していく。
古馬戦では4歳・5歳・6歳とそれ以上の高齢馬についても正確にカウントする。その作業を牡馬と牝馬双方で行うから、結果としてある競馬日の据(据置=番組表の設計どおりに行う競争)戦8レースの500万下・マル指・マル混ダート1600mが、16頭フルゲートで行われたが、そこには4頭の牝馬が参加し、しかもそのなかには5歳と6歳の牝馬が1頭もいないだとか、4歳牡馬がわずか1頭しか見当たらなかったといった記録が残る。
この作業はこの日の8レース撃破のための手続きではない。結果としてその競走が(6−7)12−14−1で決まったとしよう。やがてこの競走とまったく同じシルエットの8レースがやってくる。それを迎撃するための準備であり、その時期のその条件の主役たちを特定するための作業なのだ。
これを東西24レース、時として3場一斉開催には36レースで行う。たっぷり2時間はそれに費やすけれど、戦争はそれからはじまるのだ。ちなみに今年2回中山初日に行われた設計6レース、施行7レースのマル指・マル混芝2000m新馬戦の先行サンプルを並べてみた。
東西分3戦のサンプルが次回・2回中山6日目6レース・3回中山5日目6レースへ伝えようとするステートメントを読み取ってほしい。3戦のうち、2戦は本来の設計からズレた競走であり、1戦が設計どおりに行われた競争だ。そこから例えば「出目」を掘り出す。確かに番組表の作業には根気がいる。
しかし主催者はその何百倍の時間と労力を費やしてあらゆる競馬シーンを管理しているのだ。われわれの側の努力など、取るに足らないレベルでしかない。
今日もそうやって手にしたささやかな武器を手に競馬に臨む。しかしそれ以外の戦い方をしないのは、他のあらゆる「必勝法」を名乗る武器が無力なのを知っているからだ。
ツベコベいわずペリエの1番人気から「男度胸の一本勝負」もよいだろう。また2200mを走って0.1秒差の勝負を、当日の芝コース含水量で説明しようとする競馬オタクのパソコン戦も反対する気はない。
でも本当の戦いはそんな場所には置かれていないのだ。主催者は今後の売上がどうであれ、あなたに長く競馬ファンを続けて欲しいとは少しも願っていない。そのサバイバル戦を生き延びようとするなら、今ようやく一つの到達点に届こうとしている番組表の研究に是非、参加してみてもらいたい。
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