世紀の大逃亡●プロローグ

 赤茶けた泥んこ芝に、とどろくような蹄の音がうなりをあげる。音は近づいたり遠のいたりした後、厩務員の林外茂雄(はやし・ともお)の胸を締めつけた。
『もうすぐ愛馬が戻って来る』
 ゴール板に向かい歩調を速め、そして駆け足に変えたその先に、一面の泥んこ馬場が立ちはだかっていた。
 そこには目を疑うような光景が広がっていた。
『あれはジョージか? いやロングホークか?』
 真正面から馬を見た林には、どの馬が一番先になだれこんだのか、わからなかった。
 観衆のゴォーという喚声が、ため息交じりのワァーという声に変わったとき、林の五感は何かを感じ取っていた。
『ジョージか? ジョージだ。たぶんジョージだ!』
 昭和51年4月29日、春・天皇賞。掲示板に輝かしく光Jの数字。曇天の京都淀の競馬場には、拍子抜けと奇蹟が同居していた。
 林は頭が真っ白になったままジョージを迎え、手綱を受け取り、ポンポンと愛馬の首を叩いた。
『洋一君、ありがとう』
 言葉が詰まる。ジョージの顔がくもって見えない。涙か……。

 

目 次

世紀の大逃亡●プロローグ

第1章 縁 ―エリモジョージのルーツ―
 栗東トレーニングセンター
 昔
 記憶
 疾駆して
 競馬が町にやって来た
 競馬のルーツ
 馬に惚れ込んで
 母系

第2章 襟裳の春 ―誕生からデビュー―
 誕生
 えりも農場
 頑固
 襟裳砂漠
 すべてが馬
 役所のバクチ?
 襟裳の春は……
 デビュー
 優しさと勝負根性

第3章 変身 ―なぜエリモジョージは逃げるのか?―
 福永洋一
 アクシデント
 皐月賞3着
 敗戦
 炎の洗礼
 不思議な光景
 放心
 エガオヲミセテ
 変身
 池添兼雄と福永洋一

第4章 栄冠 ―逃げろ! エリモジョージ―
 天皇賞
 前夜
 暴走の予感
 感謝
 襟裳に春を告げるのか
 天皇賞制覇
 “逃げ切る”ということ
 気まぐれジョージ
 疾走
 いい気分と悪い気分
 騎乗スタイル

第5章 輝いて…… ―奇蹟の3連勝で復活―
 縮図
 ステイヤーという血
 ブルーな一年
 テンポイントの悲劇
 気分爽快の復活
 11秒台のハイラップ
 七歳の栄光
 因縁
 一流の逃亡馬

第6章 閉幕 ―思い出をありがとう―
 幕が降りる
 ジョージ故郷へ
 引退式
 自由奔放にサヨナラ

第7章 ロング・グッドバイ ―ジョージ、天馬となる―
 えりも
 種牡馬として
 守護神
 老いてもなお気まぐれ
 それぞれの想い
 会いたかったよ
 別れ
 予感
 眠るような死
 お花の人

終焉●エピローグ

あとがき

 









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