| まえがき
洗濯物を干し終えて、いそいそとテレビをつけたら亡くなった女優の夏目雅子さんが出ている。白血病を得て早世した彼女は私に「葡萄」という文字を教えてくれた恩人である。
ウソつくんじゃねえよといわれるだろうが、どうしてウソなどつくものか。私が葡萄を漢字で書けるようになったのは、天地神明、夏目雅子のお陰なのだ。
ある日生前の彼女が自身の結婚の動機を話している記事を読んだ。お相手はなにやらヌーボーとした印象の大男で、いったいこんな奴がどんな手練手管で絶世の美女を口説いたやらと記事を読み進んで驚いた。ウロ覚えだが彼女はこういってノロケてみせたのだ。
「だって、あの人薔薇っていう字をスラスラ書くのよ、バラの字を……」
そうか、そうだったのか。JCBカードの分割払いでハンドバックかなにか買って贈れば、きっとそのうちになどと、下心丸出しの俺は呆れるほど未熟だな。ここは一番漢字の勉強だ。でも薔薇でやらせてくれる人は片づいちゃったから、そうだ桔梗にしよう。
「ウン、キキョウ科の多年草でね、秋に紫や白の釣り鐘状の花が咲くんだよ。桔梗、ウッフッフ」みたいな会話で女もうっとり。そこで早速「桔梗」の特訓に入り、テストケースとして、その頃勤めていた会社の社員食堂のおばちゃんを選んだ。
「大野さん、オオノさぁん〜」
自分でもどこからこんな猫撫で声が出るのか不思議だったが、忙しく動き回っているおばちゃんに「桔梗」を書いて「これ読める?」。もう少しで殴られるところだった。
考えてみれば「桔梗」は易しすぎたな。
「あんた、片岡さん、梗の字はねっ、のぎ偏じゃなくて木偏なのよ!」。
彼女がハーバード卒業だといってもたぶん俺は、半分信じただろう。そうした紆余曲折の果てに辿り着いたのが「葡萄」の2文字だった。
しかし葡萄道に通じて20年、その悠久のときの中で葡萄は一度も出番がない。やむなく顔見知りの年増どもに葡萄を示せば、誰もが一様に傍らの老眼鏡をたぐり寄せ、
「ブドウでしょ?」。
なんの感動もないのだ。そのつど私は、せっかくの温泉宿で母と入浴しているような深い落胆を味わう。
今つらつら反省してみるのだが、薔薇は美人向けで、私が日常的に出くわす「狸の置物」風には向かない手法だった。それは競馬番組表へのアプローチとまったく同じものなのだ。ようやく身に付いたオペレーションも、投入するレースを誤ればなんの意味もない。だが決して無駄ではないだろう。
夏目雅子の旦那だった人は、次にやっぱり早死にしそうな美人女優を口説いて再婚したが、それはたぶんあの人が死にそうな女を口説くのがうまいのではなく、美人の本質を知悉しているからなのだ。
諦めずに番組表に取り組み続け、JRA競馬の本質に通暁して欲しい。この相手を自分のオンナにしたら、そりゃ漢字で夏目雅子を食べるより、もっと面白いこと請け合いなのだから。
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