テレビゲームへの取り組みが必要な時代●はじめに

 1983年に任天堂から「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」が発売されて以来、テレビゲームは日本の家庭に浸透し、小中学生をはじめとする子どもたちの日常生活の一部となっています。
 一方、テレビゲーム産業は巨大化し、多大な経済波及効果をもたらしています。2002年以降はやや勢いが鈍ったといわれているものの、2003年のの統計では、国内だけでゲーム機が823万台(市場規模は1372億円)、ゲームソフトが6243万本(同3091億円)販売されています。(注@)
 すでに十分に普及しているにもかかわらず、毎年1000万台程度のゲーム機が新たに売れているという状況は、驚異的ですらあります。
 こうしたテレビゲーム産業の成功は、ひとえにテレビゲームの娯楽性にあり、それが人を引きつける優れた技術であるために、多くの人々に支持されてきたようにみえます。
 しかし、テレビゲームはその普及の過程において、子どもたちの発達に悪影響をおよぼすのではないかとの懸念を呼び起こし、実際、悪影響論はテレビゲーム業界の自主規制をもたらすなど、社会的な影響力をもってきました。とりわけ一部のテレビゲームが内包する暴力性の悪影響が強く懸念されてきました。
 テレビゲームの悪影響論はだいたい5年周期で盛り上がっていますが、そもそも私自身がこの研究に着手したのは、世にいうドラクエ事件≠ェ起きた1980年代末のことでした。
『ドラゴンクエストV』(エニックス)というゲームソフトを買うために販売店の前に徹夜で行列をつくったり、買えなかった子どもが買えた子どもに暴力をふるって奪い取る……。そんな事件が発生した当時、私は別の領域の研究をしており、テレビゲームのことについては門外漢でした。
 そこで調べてみると、国内では研究している人が非常に少なく、メディア研究の盛んな米国でさえ、テレビに関しては十分な研究蓄積があるものの、テレビゲームのほうは手薄であることが分かりました。社会的な注目や話題があり、社会的な要請が強いにもかかわらず、「研究が行なわれていない現状は打破するべきではないか」。そんな思いに駆られて取り組みはじめたわけですが、早いものでかれこれ15年近くになろうとしています。
 今日、この問題は、脳科学の分野も含めて様々に注目を集め、研究が進められています。しかし、この研究領域は最近になるまで(特に日本においては)研究者が本当に少なく、新規参入の研究者にとっては、それまでの研究動向を知るリソースが得られにくい状況がありました。それが一因なのでしょうが、研究者でさえ、単純なテレビゲーム悪影響論を根拠
薄いまま主張することが多々ありました。そして、それがジャーナリズムの手に渡るとさらに針小棒大に扱われてきました。
 実は、心理学の分野では、暴力的なテレビゲームがユーザーに対して「暴力性」の影響力をもつという考え方に傾いると思われますが、社会的不適応や学力・体力低下の問題など、子どもの発達に関わるそのほかの影響については、因果関係はまだあまり認められていません。悪影響の実際はそう単純ではなさそうです。
 テレビゲームは、いうまでもなく、単に娯楽を与えるだけでも、懸念材料になるだけのものではありません。これがもつ人を引きつける技術は、教育、健康、心理臨床など、様々な分野で有効利用されるべき潜在性を秘めています。憂慮すべきは、むしろそうした有用性が顧みられずに悪影響論ばかりが強調されていることです。
 また従来、テレビゲームが子どもたちの発達に与える影響を懸念し、業界や学校、家庭、行政、地域などが、それぞれの立場で有為な取り組みをしてきていますが、テレビゲーム悪影響論を乗り越えるほど十分な成果を挙げるものには、まだまだ成り得ていないのが現状です。どう対処していくか、この方面についても真剣に考えなければならないでしょう。
本書では、以上のような問題を取り上げていきます。すなわち、日本におけるテレビゲームの普及の歴史、暴力性などに関する悪影響論とその研究の経緯を紹介すると共に、テレビゲームの有効利用に関する研究や実践などにも触れ、最後に今後の悪影響問題への取り組み方について論じていきます。
 本書の目的は読者の皆様にこの問題についてお考えいただく、ひとつの材料を提供することです。こうした議論をご覧いただきながら、テレビゲームとどのように付き合うべきか、また、どのようなテレビゲームの在り方が望ましいかを一緒に考えていただければ幸いです。
 テレビゲームの悪影響問題には、様々な側面があり、また、それは多くの問題と絡んでおり、決して単純ではありません。本書ではそうした複雑さや拡がりを知っていただきたいと考えたため、学術論文のように一つひとつの論点を突き詰めるのではなく、悪影響に関わる問題に広く触れようとしています。それゆえ、個々の論点については不明な部分があるかもしれません。本書では適時、参考文献を紹介していますので、より詳しい情報を知りたい読者はそちらを当たっていただければと思います。
 また、本書で述べている私自身の研究や論考の多くは、共同研究者と作り上げたものであり、その協力がなければ到底、成し得なかったものです。これらの方々に対して深くお礼を申し上げます。

注@『2003 CESAゲーム白書』(社団法人コンピュータエンターテインメント協会)を参考にした。

 

目 次

テレビゲームへの取り組みが必要な時代●はじめに

第1章 5年サイクルで繰り返す悪影響論―普及力と影響力―
 ファミコンがきっかけでテレビゲームは家族の一員に
 テレビゲームの魅力は5つに集約できる
 熱狂する子どもたち、オロオロする大人たち
 テレビゲームは社会的不適応と暴力性を招くのか
 犯罪の元凶として取り沙汰されるテレビゲーム
 5年周期で沸き起こる悪影響論
 悪影響論を裏付ける3つのロジック
 社会的な影響力をもつ悪影響論
 テレビゲーム業界が自主規制に乗り出した
 テレビゲームの悪影響について研究する意味

第2章 「ゲーム脳」は本当に恐怖なのか?―脳の活動―
 テレビゲーム遊びと前頭前野の活動
 テレビゲームと前頭前野の発育不全を関連づけるには3つの疑問点がある
 脳科学分野からの検証に警鐘
 脳波と性格傾向が「1対1」のはずがない
 テレビゲームは内容によって毒にも薬にもなる

第3章 暴力との関係を社会心理学から検証する―子どもの凶暴化―
 心理学における研究の軌跡
 児童・生徒を対象にしたパネル研究の結果報告
 テレビゲームがなぜ暴力性を高めるのか
 因果関係が特定しやすい「実験研究」
 お茶の水女子大学の実験研究
 筑波大学や一橋大学の実験研究

第4章 起こりうる悪影響を探る―心身面への悪影響―
 テレビゲームで社会的不適応に陥るのか
 テレビゲームは学力や創造力を低下させるのか
 テレビゲームで身体への影響は起こるのか

第5章 悪影響と同時に有効利用にも目を向ける―光と影―
 文明の利器に光と影はつきもの
 テレビゲームの有効性に目を向ける
 教育分野で活躍するテレビゲーム
 優れた教育用テレビゲームの制作が困難な現状
 認知機能・身体機能を回復させることも可能
 心理臨床分野での有効利用
 今後の悪影響研究に求められるもの
 望ましいテレビゲーミング社会の実現に向けて

第6章 業界、家庭、学校、行政、地域、NPOへの期待―悪影響への取り組み―
 多くの懸念材料によりテレビゲームへの取り組みがはじまった
 業界の取り組み―「レーティング」による自主規制で対応―
 家庭の取り組み―メディアリテラシー能力の育成と家庭内でのルールづくり―
 学校の取り組み―組織的な導入には困難が多いメディアテラシー教育―
 行政の取り組み―中立的な立場で介入し、ほかの組織を支援するのが望ましい―
 地域やNPOの取り組み―メディア視聴に関する提言をまとめて家庭を啓蒙―
 様々な立場の人たちの「取り組み」「連携」「議論」が必要

テレビゲーム大国として●あとがき

           









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