秋風そよぐ、大坂のとある町。Aさん(35歳・男性)が散歩をしていたときのことです。小さな公民館の近くまで来ると、中からこんな声が聞こえてきました。
 「そんな軽いはずはないって」
 「何言うてんねん。あんな苦労二度としたーないわ」
 「うちのはもっと小さかったで」
 (どうしたどうした? いきなりケンカか???)
 Aさんが公民館の中をのぞくと、そこは30人ほどのお年寄りがざわざわと好き勝手に言いたい放題。いや、お年寄りに混じってひとりだけ40歳ぐらいの男性がいました。公民館に設置された落語の高座のような壇上で、細身で長身のその男性は、タジタジになりながらもお年寄りに向かってこう言いました。
 「も~ごちゃごちゃ言わんとちょっと静かにして~! 盛り上がるのはええけど、僕より皆さんのほうが面白いがな。お願いやから、ちゃんと体操しましょうや!」
 ひと昔前のイケメン風。着物姿だから、落語家さんか? この人の正体は、のちほど明らかにしましょう。
 しかし、このざわつき。このお年寄りたち、ケンカしているようにも見えましたが、なんだか楽しんでいるご様子。しかも、高座の男性の指導で体操をしながら……。
 高齢者向けの介護予防や転倒予防の体操教室は、今やどこの市町村でも当たり前に行われるようになりました。しかし、そこで行われている体操といえば、棒やタオルを使って体を動かしたり、歌に合わせて踊ったりするだけ。生徒の皆さんが声を出すのは、全員一緒に数を数えるときぐらいです。お世辞にも、笑顔で楽しく、などという雰囲気はありません 。
 それに比べると、Aさんの目の前で繰り広げられているにぎやかで楽しげな体操は、なんなのでしょう。Aさんは、もう少し観察してみることにしました。
 どうやら道具は一切使っていない様子。しかし、体を動かしているお年寄りたちを見ると、手にはなにも持っていないはずなのに、「重そう」に見えます。その上、軽く汗ばんでもいました。その姿は、どうにも不自然。
 と、高座の男性が、お年寄りたちにこう声をかけました。
 「そしたら、次は井戸の水を汲み上げてみましょうか」
 (井戸水!? 井戸なんてあったか?)
 この地域にはもう井戸なんてないはずです。しかも、お年寄りたちは外に出る気配がありません。
 高座の男性は続けます。
 「ツルベっていうんですよね? 僕は見たことないので全然使い方も知りませんが、どうやって引き上げてましたか?」
 すると、口々にしゃべりはじめるお年寄りたち。昔話に花が咲き、当時の苦労話で一気に盛り上がります。
 「こうやって、こっちに引っ張るんや」
 「ちゃうちゃう、そんな力では上がらへん、こうや」
 どうやら、お年寄りたちの目の前に井戸があると想像させているようです。そして重いツルベを引っ張り上げるイメージをさせるという「体操」かもしれません。
 (でも、そんな体操で本当に汗ばむか? ならば一度いっしょにやってみようか?)
 Aさんは思い切って、仲間に入れてもらうことにしました。
 イチ・ニ・イチ・ニ…。お年寄りたちの動きを見よう見真似で、Aさんが体を動かしはじめると、大きな声がしました。
 「あんたっ!」
 振り向くと、お隣にいた、大きな虎の顔が描かれている黒のトレーナーに黄色のスパッツという”大坂のおばちゃん”が笑っていました。
 「そんなへっぴり腰ではツルベ上がらへんで。しっかり腰をすえなあかん」
 いきなり関西のツッコミの洗礼を浴び、これは思った以上に真剣さが求められると、Aさんは覚悟を決めました。
 (よし! ここに井戸があると思って、それをこうやって……こうっ!!)
 と、その瞬間。Aさんの足は自然と踏ん張り、肩や手に力がみなぎり始めたのです。ここで手を放してしまったら水を汲み上げることができなくなる!と、必死に思い込めば思い込むほど、目の前には全く何もないのに水を汲み上げようと力が入ります。そんな自分がこっけいでこっけいで、ついつい吹き出して笑ってしまいました。
 (そうか……、なるほど! これは間違いなく筋力を使う体操だ。そして何よりも楽しいぞ)
 およそ30分ほどの体操でクタクタになる参加者たち。そして口々にこう言います。
 「体が軽くなった」
 「肩の動きが良くなった」
 「こんな楽しい体操は初めて!」
 Aさんもその通りだと思いました。確かに足取りが軽くなり、背筋が伸びて気持ちがいいのです。
 体操教室が終了し、Aさんは高座の男性にこう問いかけました。
 「腰痛に効く体操ってありますか?」
 すると、こんな答えが返ってきました。
 「エアリハは腰だけでなく、肩やひざにも効きますよ!」
 さて、こう答えた高座の男性。いったい誰でしょう?
 もうおわかりですよね、この男性こそ、エアリハを考案した理学療法士・繁岡秀俊、すなわち私なのです。
 ここに描いたような情景は、いつものことです。
 このエラリハをまとめた本書で、痛みに苦しむ方が々が、楽しみながら症状を改善していただければ幸いです。