赤茶けた泥んこ芝に、とどろくような蹄の音がうなりをあげる。音は近づいたり遠のいたりした後、厩務員の林外茂雄(はやし・ともお)の胸を締めつけた。
『もうすぐ愛馬が戻って来る』
 ゴール板に向かい歩調を速め、そして駆け足に変えたその先に、一面の泥んこ馬場が立ちはだかっていた。
 そこには目を疑うような光景が広がっていた。
『あれはジョージか? いやロングホークか?』
 真正面から馬を見た林には、どの馬が一番先になだれこんだのか、わからなかった。
 観衆のゴォーという喚声が、ため息交じりのワァーという声に変わったとき、林の五感は何かを感じ取っていた。
『ジョージか? ジョージだ。たぶんジョージだ!』
 昭和51年4月29日、春・天皇賞。掲示板に輝かしく光⑪の数字。曇天の京都淀の競馬場には、拍子抜けと奇蹟が同居していた。
 林は頭が真っ白になったままジョージを迎え、手綱を受け取り、ポンポンと愛馬の首を叩いた。
『洋一君、ありがとう』
 言葉が詰まる。ジョージの顔がくもって見えない。涙か……。