競走馬のディープインパクトが引退して、早、1年8ヵ月が過ぎ、初産駒が産声をあげた。
 私がこの馬に俄然興味をもったのは、2006年の凱旋門賞出走を決める頃であった。
 もちろんそれまで注目はしていたが、この馬のあまりにも長けた競走能力に圧倒されたのと、中央馬として、生産牧場も所属厩舎も、主戦騎手も何もかもが恵まれすぎた、エリート中のエリート馬に、かえって興味を失いつつあった。いいかえれば非の打ちどころがない完璧馬に、手が届かないような錯覚に陥り、ドラマを見失ったというのが正直なところだ。
 今までに見たこともない、1頭抜けた強すぎる馬―。擬人化不可能な、超クールな馬をどう語ったら伝わるのか、大いなる足踏みを強いられたものだ。
 が、ある時、この馬は世界に出ても抜きん出ているのか―、という素朴な問いをもったのだ。馬が世界を相手に闘うなら、今までの競馬界についぞ見られない馬につき合ってみようという気になった。
 この想いをもって取材を続けていくうち、胸の底にあった危惧が的中したのか、凱旋門賞での思わぬ敗北に出会う。そしてその後におとずれた、突然の引退劇と禁止薬物問題の衝撃であった。一体何があったのか―。いや、こんな平凡な表現ではいい尽くせないような過度な衝撃に思考停止になりかけたものだ。
 馬はこのあと不運を乗り越え、ジャパンカップ、ラストランとなった有馬記念を優勝し、有終の美を飾るが、私のなかのディープインパクトは、いまだあの時を止めたような事象のなかに囚われていた。凍りついた「時」を呼び覚まし、苦悩に押し込められた関係者の心の痞えにつき合って、馬の無念と向き合ってみたい、そんな想いで拙著は書き上げられた。

 取材にあたり、池江厩舎、社台スタリオンステーション、ノーザンファーム、装蹄師の西内荘氏、橋口厩舎、鳥井牧場、若林千代恵牧場にご協力いただいたことを御礼申し上げる。また出版にあたり、ご尽力をいただいたメタモル出版に感謝致す次第だ。

 拙著の微力により、超天才馬の名誉が少しでも回復し、また関係者の溜飲を下げる一助となればと思うとともに、ディープインパクトの種牡馬としての将来が明るいものとなることを願って筆を置く。

平成20年8月吉日 栗林阿裕子