かれこれ2年ばかり前の春のことだった。
 私は中山競馬場のベンチで競馬新聞とにらめっこしていた。メインレースをハズし、正直、負けがこんでいた。もう、最終レース締め切り前だ。
 熱くなっていた。ギャンブルで熱くなってしまえば負けだ。そんなことは百も承知なのだが、それでも大穴で一発逆転を狙いたくなるのは馬券ファンの心理である。
 そんな私の隣に一人の老人が座っていた。山高帽子をかぶり、競馬新聞といっても一般のスポーツ新聞だったが、平然として煙草をふかしていた。年金生活者のオジサンのようだったが、風貌はどこか品がよかった。
「当たるかい?」
 オジサンは私が熱くなっている姿を横目で見ながら、穏やかな声でいった。
 私は競馬新聞から目を離して、声をかけてきたオジサンの顔を見た。こういうときに声をかけられると余計に腹立たしく思われるものだ。
「ダメですね……」
 そうつぶやきながら、ふとオジサンの広げている新聞に目をやった。
 その新聞の馬柱欄はまったく汚れてはいなかった。ただ、馬柱の1番の馬の馬名の頭文字を赤マジックで丸く囲っていた。そして、大外の馬の馬名の末尾文字に同じ赤丸がつけられていた。
 いったい何か意味があるのだろうか?
 溺れる者は藁をもつかむとはこのことである。
「この赤印は何ですか?」
 私はたまらず聞いた。
「あんた、競馬新聞のどこを見る?」
「もちろん、馬柱欄の成績と予想印と……それから」
「ふーん、で、勝てるかい?」
 オジサンは質問した。決して私を見下しているような口調ではなかった。
「オジサンは?」
思わず私はそう問い返した。
「まあ、競馬を長く楽しんでいるだけのことだよ」
「で、最終レースはどの馬ですか?」
「えーと」
 オジサンは、小さなメモ用紙を胸ポケットから取り出すと、
「イ、ロ、ハ、ニ、ホ……」
 と指で数え始めた。ア、イ、ウ、エ、オではなく、昔ながらのイ、ロ、ハ、ニ、ホである。
 古ぼけたメモ用紙にはただイ、ロ、ハのカタカナ文字と、イ、ロ、ハの文字の上に1、2、3……という数字が記されていた。
 私は何のことかさっぱり検討もつかなかった。
「6番だねぇ、たぶん……」
 オジサンはぽつりとそういった。
 私は新聞の6番の馬に目をやった。まったくのノーマークの馬だった。成績は2ケタ着順が続き、どう考えても来るはずもない馬だった。
「なあーに、根拠なんてないさ。出目だよ、出目」
「出目……ですか?」
「そうだよ、出目。競馬を長く楽しむにはこれに限るからな。でも、当たるかどうかなんてワシにもわからんよ」
 オジサンは笑いながら、ベンチから席を立とうとした。
「あっ、ちょっと! その赤丸印は何ですか?」
 私はオジサンに食い下がった。
 オジサンはじれったそうにしながらも、私の質問にこう答えてくれた。
「1番の馬の馬名の頭文字と、大外馬の馬名の末尾の文字とがレースの出目を教えてくれるんだよ」
「では、イ、ロ、ハというのは?」
「そのカタカナ文字を数字に変換することだ。まあ、あんたも興味があれば研究してみることだね。いっとくが何の根拠もないよ。所詮、博奕なんだから、根拠があったからって勝てるとは限らないさ」
 そういい残してオジサンは私の前から穴場へと姿を消して行ってしまった。
「どうして6番が?」
そして、最終レース。
 結果はオジサンの予言した6番が、果敢にハナを切って3着に粘り込んでしまった。複勝の配当は2000円近いものだった。3連単はたしか100万馬券だったと記憶している。
 しかし、肝心の馬券を私は買ってはいなかった。掲示板の3着のところに点滅する「6」という数字にしばし茫然とその場で立ち尽くしてしまったのであった。
「何の根拠もないさ……」
 その出目オジサンの一言が妙に気になって仕方がなかった。
 根拠なんかなくたっていい。馬券が、それも誰も見向きもしない大穴馬券が当たれば勝ちだ。どんなやり方であっても、勝ちに変わりはない。
 1番馬の馬名頭文字
 大外馬の馬名末尾文字
 イ、ロ、ハ……出目
 この3つのファクターから、勝つ、あるいは3着までに来る穴馬を知ること。
 以来、私は出目オジサンの言葉をヒントにして、自分なりに過去のレースを引っ張り出してきて、ありとあらゆる統計をとってみた。気の遠くなるような試行錯誤の日々がいたずらに過ぎていった。
 そして、昨年の暮れ(2009年)頃に、何とか自分なりに納得がもてる出目表を完成した。しかし、これとて、かの出目オジサンの考案したものと同じものかどうかは疑わしい。
 けれども、あるヒントを与えることができる。馬券で長く遊ぶためのヒントをである。
 お断りしておくが、明確な根拠はない。明日からも当たり続けるかどうかも保証のかぎりではない。
 私はひたすらに実践するのみである。出目オジサンになれる日までは!