「スプレーアート? シャッターや道路や壁で見かける落書き?」
  そう勘違いされる方もいらっしゃいます。それは「グラフティアート」と呼ばれるもので、僕の「スプレーアート」はスプレー缶を使ってキャンバスに様々な色を吹きつき、加工することで絵に仕上げた芸術です。
  「スプレーアート」は、僕にとって人生を丸ごと書き換えるほど力強い「光」であり「恩人」であると言えます。精神的にも肉体的にもボロボロだったサラリーマン時代に、この光を見つけたことで、心が満たされていくことを感じながら絵を描くようになりました。 

 「直感に従え」という言葉があります。この未知の絵画技法を発見した時の僕は、まさに「雷」に打たれたかのようでした。同時に、まだスプレーアートをやったこともないのに「できる!」と思い込んでいました。何かに突き動かされるように、ワクワクしながら適当だと思うスプレー缶を買いに出かけました。
 道具は揃えてみたものの、隣で実際に絵の描き方を教えてくれる先生はいません。しかしそんなこと以上に、誰もやったことがないアートを目の前にして僕は興奮していました。
 そういうわけで、夏休みの自由研究のように自由にスプレー缶に使って、近くの公園でチャレンジすることスタートしたのです。
ガムテープ、パレット、お菓子のフタ、靴下、雑誌……。片っ端から思いついた物を集めて、実験のようにスプレーで色を染め始めました。
 TシャツやGパンにスプレーを吹き付けてみたり、落ち葉をカラフルに染めてみたり。小学生の図工のようだと自分でも思います。スプレーアートをするベランダは基地のようになりました。そこにあったのは、瞬間的に思い描いたことを目の前でやることの新鮮さと楽しさ。それは僕になんとも言えない幸福感を与えてくれました。 

 「大人が本気で遊ぶと仕事になるんだよ」
そう聞いたことを思い出して、スプレーアートを本気で楽しむことで僕の幼少期の夢も叶えられるようになりました。
 「裸の大将」で知られる山下清画伯のように全国を旅しながら絵を描くことで、普段会えないような人との交流ができ、良い刺激をもらえます。それは人生のキャンバスに新しい色を塗ることになり絵を描くことにつながります。
 スプレーアートを始めて最初の1年ほどは、作品を何枚も描き上げることがアーティストだと思っていました。「自分が感動したのだから、他の人だって感動するはず」その思いで路上に出た僕は、それは自己という閉ざされた世界での満足感であって、作品を創作する課程も含めて多くの人に見てもらい、何かを感じてもらう開かれた世界にスプレーアートを持っていくべきだと思うようになりました。認知度ゼロのスプレーアートを独り占めするのではなく、オープンにして僕が感じた感動を一人でも多くの人にも感じてもらいたいという思い。そして「アーティストは作品だけを創る創造者ではなく、人生そのものが作品となるような創造者であるべきだ」と考えは進化しました。そのためにはメディアに出演して認知度を高めることや、誰でも絵を描けるようにアートテクニックを体系化することも必要だと考えるようになりました。 

 スプレーアートを日本にアートジャンルのひとつとして広めることは、僕の使命であって、その絵画技法への恩返しだと思ってます。

 次の4つが僕がスプレーアートと出合ってからずっとやり続けていることです。
・常にアーティストとしてのレベルアップを意識する
・能力向上のために欠かせないルーティンワークを毎日こなす
・作品を生み続けるとともに、他分野からも吸収する
・いつまでも子供の心を持ちながら想像と想像を繰り返す

 路上パフォーマンスを始めてしばらくしてスプレーアートがすぐに描けるよう、ベランダに特設アトリエを作りました。僕にとってはイメージした心の設計図に霧がかからないうちに具現化することが重要だからです。それはまるで興味のあることを見つけて目をキラキラと輝かせる子どもが、興味のままに行動できる通路を作るようなものだと思います。そしてできあがった作品は自分の子どものようなものであり、販売する時は里子に出すような気持ちになります。それでもその絵を手に取った人に気に入っていただける喜びは、次作への意欲に昇華します。

 根拠のない自信のみでスタートしたスプレーアートを続けてきた僕は、今、スプレーアートの進化を夢見ながら常に行動しています。少年少女がスプレー缶を持ち、学校や家庭で絵を描くことでアートそのものが好きになること、老人介護施設や看護学校でも安全かつ自由に楽しめるスプレーアートキットの開発やスクールの開校、全国のスプレーアートを楽しむ生徒たちのグランプリ退会なども思い描いています。そしてそれを世界各国に拡大させていきます。

 それらを鮮明にワクワクしながら思い描ける情熱は、どこにあるのか。過去を振り返ると、やはりその火種がありました。ワクワクしながら描いた絵が評価され、画家になる夢を抱いた僕。そして「絵を描くことじゃ生きていけないの!」と、周囲の大人に夢を潰された9歳の僕。僕は、その言葉でいったん人生とアートを切り離しました。しかし、幼少期に夢中だったことが、のちの使命に直結するケースは少なくありません。あのときに感じていた「ワクワク感」が、人生を虹色に塗り替えられる絵の具だったのです。

 スプレーアートは僕を輝かせてくれたと同時に、救ってくれた存在です。ブラック企業に就職した時の「うつ病になるか、骨の歪みから歩けなくなるか」という絶望的な近未来をさけることができ、心を解放した少年のように人生を駆け回れる現在の環境、その中心にあるのがスプレーアート。その存在と出合えたことに、心から感謝しています。

 現在、将来を考えてモヤモヤしている人、なにか壁にぶつかった人、自分に自信がもてない人が、そんな僕の話を読んで、ワクワク感を全身で感じながら人生を楽しめるきっかけを掴んでいただければうれしいです。
スプレーアーティストYOSHI