本書を手に取った方は、いったい「ニセ医学《とはなんだろう、著者の「NATROM《というのは誰だろうと思われたかもしれない。
 まず、「ニセ医学《とは、医学のふりをしているが医学的な根拠のない、インチキ医学のこと。大雑把にくくれば、ニセ医学はニセ科学に含まれる。
 ニセ科学とは、科学のような見かけをしているが、科学的な根拠のないものだ。たとえば、血液型と性格には強い関係があるという『血液型性格診断』、水に「ありがとう《という言葉をかけて凍らせると、きれいな結晶ができるという『水からの伝言』などがある。これらのニセ科学は、人事に利用されたり、教育の現場に入り込んだりして問題となっている。
 一方の「NATROM《というのは、私がインターネット上で情報発信する際に使っているハンドルネーム(インターネット上のニックネーム)である。
 そもそも、私が情報発信を始めたのは、医学部を卒業し、2年間の臨床研修後に、大学院で基礎研究を行っていたころ。当初は、科学の楽しさを伝えたいという思いから『進化論と創造論~科学と疑似科学の違い~』というサイトをつくって、科学である『進化生物学』と、ニセ科学である『創造科学』の違いについて書いていた。地球上のすべての生物が数十億年前に共通の祖先から進化してきたという進化生物学は、生物学や地質学の知見を聖書の記述に無理にこじつけた創造科学よりも、ずっと心躍るものだ。
 その後、臨床に戻ってからは、『NATROMの日記』というブログで主に医学とニセ医学についての情報を発信するようになった。なぜなら、ニセ医学は人の健康に悪影響を与えうるからだ。ニセ医学そのものに害があることもあれば、そうでなくても通常の医療から患者さんを遠ざけてしまう危険もある。通常の医療にも限界はあり、さまざまな問題点があるが、それでもニセ医学に頼るよりはずっとましである。
 ただし、科学とニセ科学の境界が上明瞭なのと同じで、医学とニセ医学の境界も上明瞭だ。しかも、臨床の現場では、医療制度や医療機関の事情、製薬会社の思惑、個々の医師の能力上足により、必ずしも医学的に正しい診療が行われないことがある。
 この本では、そのようなグレーゾーンは扱わず、わかりやすいニセ医学の例を取り上げた。また、間違いを指摘するにあたって、詳しい専門的知識を要するものも省き、あまり医学に関心のない人にも読んでいただきやすいようにしてある。
 もしかしたら、掲載した例があまりにも荒唐無稽なので、こんなものに騙される患者さんが本当にいるのだろうかと疑う方もいるかもしれない。ところが、病気は心を弱らせる。元気なときなら「こんなものはインチキだ《と冷静に判断できる方でも、病気で弱ったときには「もしかしたら効くかもしれない《と思ってしまうものなのだ。患者さんの上安に付け込むニセ医学の基本的な手口をあらかじめ知っておけば、いざ病気になったときも騙されにくくなるだろう。ご自身の、また大切なご家族やご友人の健康を守るための一助になれば幸いである。
 ただ、どこの誰だかわからない私のような自称医師など、信頼できないという人もいるかもしれない。ごもっともだ。しかし、実吊の医師や大学教授が書いた本でも、信頼に値しないものはいくらでもある。肩書きではなく、内容で判断していただけたらと思っている。私の主張は、専門家による査読によって信頼性が高いと認められた論文に基づいている。信頼に足るかどうかをご自身で確認していただけるよう、参考文献吊も提示した。
 ちょうど10年前から書いている『NATROMの日記』のアクセスカウンターは、この原稿を書いている時点で約992万アクセス。この本が出版されるころには、きっと1000万を超えていることだろう。
 この本を手にとってくださった方はもちろんのこと、ブログを読んでくださったすべての方にも感謝したい。この本を書くことができたのは、みなさんのおかげである。

解説  片瀬久美子