四谷坊主バー お悩み駆け込み寺【第8回】

毎月第3木曜更新

さまざまなジャンルのお悩みに、四谷坊主バーのスタッフが真面目にお答えします。

【今月のお悩み】
思春期の娘についてあれこれ考えてしまう父

もうすぐ中学を卒業する娘がいます。
“普通の”という言葉が適切かどうかはわかりませんが、容姿も学力も“普通”。
これまで大きな病気も怪我もなく、
学校で問題を起こしたこともなければ家族とのコミュニケーションもわりととれていて、
反抗期らしきこともありませんでした。
むしろ幸せなことだとは思っています。

その娘の件ですが、まったくといっていいほど異性に興味がないのがちょっと心配です。
父親としては半分安心、半分不安、といった気持ちでしょうか。
仲のいい男子はいるようですが、どうも「おネエ」的なキャラクターで、
自分でも「私が話せる男子は“おネエ”っぽい人しかいない」と言っています。
小学生の頃から毎年、バレンタインデー前にはチョコレートを手作りしているのですが、
女子どうしで交換する“友チョコ”でした。毎年手伝っているのでわかります。
でもそろそろ異性となにかあってもおかしくはないんじゃないかと……。

私自身、彼女くらいの年齢の頃は異性に興味深々で、いろんな女の子と付き合ったり、
ふったふられたを繰り返し、相手を傷つけたり傷つけられたりしていました。
今、思春期の娘の父親という立場になって考えると、
相手のお父さんに申し訳ないようなことをしたこともたくさんあります。

だから余計に娘が変な男に傷つけられやしないかと心配してみたり、
いやそれも自分のしてきたことの報いだと思ってもみたり……。

父親として、少し離れた距離から娘の成長を見守りたいと思いつつ、
いろんな不安が浮かんできてしまい、口には出しませんが胸が苦しくなることもあります。

こんな私が安らげるようなお話をいただけないでしょうか。

(東京都・54歳・会社役員)

■四谷坊主バーより
なにも心配いりません。それでいいのです。

お父様にとって娘さんのことは、自分以上に悩んでしまうものですよね。
私も娘がいますので、そのお気持ちは痛いほどわかります。
世間から見たら「気にするな」「何とかなる」「考え過ぎだ」とか
笑われてしまうようなことでも、父親というものは真剣に悩んでしまいます。

その原因は、娘を思う愛という気持ちがあるからですね。
しかし、仏教ではこの「愛」というものは、よい意味では使われません。

「愛」は「執着」という意味です。仏教では「しゅうじゃく」と読みます。
突き詰めて考えると、人間にはほんとうの意味で「純粋な愛」という気持ちは、
実は少ないものです。

たとえば、あなたはお子様を大切に愛してきました。
いろいろなことを犠牲にして子どものために、子どもの幸せのためにと、
あの手この手を尽くしてしてきたことでしょう。
そしてそれに応えてくれる子どもがいれば、とてつもなく幸せを感じるのです。
その幸福感からもっともっと愛を注いでしまいます。
しかし、愛情というものは程よく注がねば、植物と同じように腐らせることになるのです。
小さなコップに愛というお水があふれているのに注いでいるのですから、お水は毒にもなるのです。

私たちは人を愛しているつもりでも、気づくと自分のために愛していたりします。
だから 愛する人が自分の思うように行動してくれなければ、怒ったり悲しんだりするのです。
これは愛ではなく、愛欲です。

お子さんはお子さんの考えがあり、行動しています。
今の時代の学生は、かつてより情報化され多様化の時代に生き、それらの影響を受けています。
単純な思考ができにくく、生きづらさを感じることもあるのだと思います。
その中で、子供なりに自分のキャラクターを作ったり、自分の立ち位置を考えて、
上手く友達関係を切り抜いているのだと思います。
その時期の女の子となると、同性の結びつきをいちばん大切にするのでしょう。
また、仲間と違う考えを持つと省かれてしまうとか、
誰かを好きになって自分だけうまくいくとやっかみを買うとか、
何より悪い意味の連帯感を大切にする時期ですから、同性の目を気にするものです。

男性に興味がないとかではなく、そのような自分を演じることにより友達関係を円滑にしていこうとする、
娘さんなりの智慧なのだと私は思います。
しかし、少しづつ大人になり周りの人がどんどん自立して自由に恋愛したりしていくようになれば、
娘さんも変わっていくのだと思いますよ。

結論を申し上げますと、なにも特別なことをする必要はありません。
心配しながらも口に出さない、そういう態度でいいのです。
お父様としては、表面的な問題ではなく、
その奥に潜まれている複雑な人間関係の悩みを察知してあげて理解してあげることが大事。
心配なあまり娘さんの土俵にずかずか入り込んでしまうのがいちばんやってはいけないことです。

そしてできることがあるとするならば、
彼女の傷つきゆがんでしまいそうな心を開放できる「家庭」という受皿を作ってあげてください。
いつでも魂が素に戻れる帰れる場所があることは、世代や性別に関係なく、
人間にとっていちばんのの救いになります。

合掌

著者プロフィール

四谷坊主バー

東京・四谷荒木町にある、スタッフ全員が僧侶のバー。
浄土真宗、浄土宗、真言宗、曹洞宗など、様々な宗派の僧侶が在籍し、仏教にちなんだメニューでお客様をおもてなししながら、ご相談や質問などにお答えしています。

著書

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四谷坊主バー お悩み駆け込み寺【第7回】

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【今月のお悩み】想像以上のSMAPロスで妻がおかしい

結婚15年目、2歳下の42歳の妻のことで相談です。
昨年末にSMAPが解散して以来、「SMAPロス」とでも言うのでしょうか、
どうも様子がおかしいのです。昨年、SMAPの解散騒動の頃は普通の世間話のように
話していたのですが、12月に入ってから徐々に口数が減り、
12月26日の『SMAP×SMAP』最終回を泣きながら見て、
それ以降、年を越しても放心状態が続いています。

子どもはおらず、夫婦2人特に大きな問題もなく15年経ちましたが、
妻のこんな状態に驚き、とまどい、心配です。

妻は20年来SMAPのファンです。
結婚前からそれはよくわかっていましたが、ファンクラブ会員になるでもなく、
コンサートに行ったりグッズを買っている様子もありませんでした。
ただSMAPが出ている番組は欠かさず録画したりするような、
ごくごく一般的なファンに見えていました。

『SMAP×SMAP』最終回の前日も、いつものように2人で外で食事をし、
ベッドも共にしています。26日当日、私が仕事で遅くに帰宅すると、
リビングのテレビの前で突っ伏したままでした。
私は疲れていたのでそのまま風呂に入り、簡単に食事を済ませて1人で先に寝ました。
翌朝起きてみると、普段は妻も出勤なので忙しくしているはずなのですが、
こたつで寝たままでした。「会社はいいの?」と声をかけると、
しぼり出すような声で「今日から休み」とだけ。
その日会社から帰ってみると、家にはいましたが、部屋は私が出かけたときのままの状態。

そんな調子で、妻とはほとんど口をきかないままこの年末年始を過ごし、
家事のほとんどを私がやりました。
洗濯物を干して私が出かけると、帰ったときにはとりこんでたたんであることもあり、
料理も気が向くとやっていますが、明らかにいつもと様子が違います。
食事や入浴などはしているようですが、化粧もせずほとんど外出していません。
あれ以来リビングのテレビもつけていません。

年が明けても妻は仕事に行く気配もありません。
うつ病のような症状にも見え、神経内科に連れて行こうとしましたが、
本人がかたくなに拒みます。

最初のうちは「ファンだったグループが解散したり引退するのはよくあること」と、
彼女は大げさ過ぎた反応だけどそのうち戻るだろうと様子を見ていましたが、
さすがに2週間以上続くと心配です。

こういうとき、夫としてどのような態度をとるべきでしょうか。

(神奈川県・44歳会社員・男性)

■四谷坊主バーより

相手を思うその気持ちがあれば、きっと大丈夫

奥様のそのような状態に寄り添いながら心配されている、
あなた自身の優しが伝わります。

奥様の悩みは、普通に考えるとあまり理解されないかもしれませんが、
そこを、馬鹿にせずに受け止めて、どうして行けばいいかを考えているということは、
あなたがそれだけ奥様のことを考えていらっしゃるかの証拠です。
その思いがあるだけで、奥様はいつか旦那さんの優しさに気づき、
立ち直ることができるのではないかと思います。

人は他人の気持ちはなかなかわからないものです。
自分で同じ体験しなければわからないことばかりです。
しかし、そこに人を思うという気持ちがあれば、
相手の立場になって想像することができるのです。

自分だったらどうなのだろうと必死で考えてみると、
そこには同感できる思いが生まれてきます。

仏教では「慈悲」という心を説きます。
その中には「同事」という実践行があります。
それは相手と同じ立場に立っていくというものです。

だから、奥様の気持ちを考えるということは大切で、尊いことす。

また、この機会に、テレビの向こうのタレントさんをここまで奥様がなぜ信奉したのか、
そこについて考えることも必要なのかもしれません。
SMAPというグループの魅力であることはもちろん理解できますが、
自分の人生が傾きそうになるほど精神的よりどころにしてしまっていた生活、
そこについて一緒に振り返ってみるのはどうでしょうか。

アイドルというのは偶像を意味しますが、奥様はまさに偶像崇拝していたのです。
奥様はそのことによって日常の憂さを晴らした、り日々抱える不安やストレスを発散させていたのでしょう。
それは奥様にとってはとても大切なことだったんですね。
しかし考えてみますと、リアルの生活のどこかに不満や不安があり、
それが偶像崇拝という形に出てきていたとも考えられます。

目の前の旦那様との夫婦の会話はどうなっていたんでしょうか。
ちゃんと向き合えていたのでしょうか。

日々の重ね重ねの中で、些細なすれ違いというものは出てきます。
そこにできる心の隙間を違うもので埋めようとして偶像崇拝しなければならなくなり、
気がついたらけば心の支えとなる大きな範囲をアイドルが占めていた。
この機会に、そういうことに気づくことができるでしょう。

一概には言えませんが、このことは夫婦の問題でもあるのかもしれません。

もう一つは、人間はやはり人生のよりどころとすべきものは、
この世のものではならないのかもしれません。

うつろいゆくものをよりどころとするならば自分自身がぐらぐらとしてしまいます。
お釈迦様は我々にお伝えくださいました。
それは「自灯明 法灯明」という言葉でした。
間違ったものを頼ってはならない、自分を頼りとしなさい、と。
そしてお釈迦様の説かれた真理をよりどころとしなさい、と。

その真理とは すべてのものはうつろいゆくものから、とらわれてはならないという教えです。
今回の件によって人生を立ち止まり、夫婦間のことや正しい宗教観を考える機会になれば、
とても意味のあることになるのではないでしょうか。

そうすればSMAPの解散も意味があり、心から「ご苦労様でした」と言える、
本当の意味のファンになれるのではないでしょうか。

繰り返します。
あなたの奥様を思う心が、決してご自身の体面や日常の不自由からくるものではなく、
奥様のことを考えてのことたということが、大事なこと。
その思いさえあれば、きっと奥様も自分を取り戻すことができるでしょう。

合掌

onayami06

著者プロフィール

四谷坊主バー

東京・四谷荒木町にある、スタッフ全員が僧侶のバー。
浄土真宗、浄土宗、真言宗、曹洞宗など、様々な宗派の僧侶が在籍し、仏教にちなんだメニューでお客様をおもてなししながら、ご相談や質問などにお答えしています。

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四谷坊主バー お悩み駆け込み寺【第6回】

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【今月のお悩み】実家の宗派と違う宗派を学ぶことについて

小さい頃から特に宗教について意識していなかった私は、お葬式やお墓参りに行ったときや
親戚の仏壇のある家に行ったときには線香を上げて手を合わせることはしてきましたが、
日常的にあまり信仰というか「宗教」そのものに興味を持たずに大人になりました。

しかし最近になって、あるテレビ番組を見てから
禅的な考え方に少しずつ興味がわくようになりました。
といっても特別本を読んだり勉強するわけでもなく、
仏様という存在に私たちが救われているということによって、
なんとなく安心を得るようになったのです。

そこでふと、気になりだしました。それは、実家や親戚の宗派(日蓮宗です)とは別の、
特に宗派にこだわらずに「禅」を中心に仏教を学ぼうとすることに、
何か問題はあるでしょうか。

たとえば学んだ宗派と実家の宗派が違う考え方があって、混乱するようなことにはなりませんか?
親戚とトラブルになるようなことはないでしょうか?

私は大学入学と同時に実家を離れ、親戚とはほとんど付き合いのないまま過ごしてきたので、
なかなか相談する相手もいません。

なにかよいアドバイスをお願いいたします。

(東京都在住・38歳男性)

■四谷坊主バーより
ご自身の意思を尊重して、己の道を歩むべきです

今、あなたが悩まれていること。それはとても大切なことを考えてらっしゃるのだと私は思います。
おうちの宗派のことですが、ご家族はどのくらい熱心に信仰されているのでしょうか。

現代のご家庭では、自分のおうちが何宗かということも知らない方が多いです。若い人とお話をしていても、家にお仏壇がないという方がほとんどですし、実家にもないという方もいらっしゃいます。お葬式のときぐらいしか、お経を耳にすることはないというのが、当たり前のような時代です。

また、どこかの檀家になっていることでその方がその宗派の信仰をしているかというと、何か違うようです。日本人は、江戸時代に檀家制の確立によって半強制的にどこかの宗派の檀家にならされたのです。
そこには個人的信条というものは無視されていることもあったのではないでしょうか。地域とか、職業によって宗派までカテゴライズされてしまった部分もあるのだと思います、そこからずるずると檀家制が続いていることが原因で、日本人の意識の中に信仰というものがわからなくなり、「一応どこそこの檀家ではあるけど……」程度の感覚の方が多いのです、「日本人は無宗教」と言われるようになってしまったのは、このようなぼんやりとした背景があるからだと思います。

そんな状況ですから、あなたが禅に興味を持ったということは素晴らしいことだと思います。
信仰というのは、自分の心の深いところから生まれるものです。誰かに強制されたり誰かに禁止させられることではないのです。あなたのご実家やご親戚が禅宗ではない他の宗派であったとしても、あなたが禅を学ぶことに誰も文句は言いません。ご自由に学んでください。

あなたは常識的に間違ったことをしているわけではなく、そもそも檀家制というもののほうが、現代人の思想とかけ離れていることだと私は思います。檀家制というものは、いずれ形を変えていくのではないでしょうか。
だから、胸を張って己の道を歩んでください。

合掌

onayami06

著者プロフィール

四谷坊主バー

東京・四谷荒木町にある、スタッフ全員が僧侶のバー。
浄土真宗、浄土宗、真言宗、曹洞宗など、様々な宗派の僧侶が在籍し、仏教にちなんだメニューでお客様をおもてなししながら、ご相談や質問などにお答えしています。

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